ミルラと雨上がり

【雨上がりの土の匂い】

これは、私が好きな匂いのひとつです。
一時期、これをテーマに様々な「香りもの」を渡り歩いていました。

雨上がりは、いろんなものが匂い立ちます。
人間以外の生き物たちの生命の息吹が、ぶわっと立ち現れるような感じがします。
だから、いつもなら素通りするはずの草花や木々に思わず目を留めて見入ってしまうことがあります。

でも目をつぶって視覚情報を一旦切ると、その匂いの根底を支えているのが土だということがわかります。
その土壌の力量がそのまま匂いに現れるような気がします。

その匂いを、いつでも嗅ぎたくて探しました。
できるだけ自然のありように近いものがないものかと探し歩いている時、四角柱の赤い小瓶の群れを見つけました。
それまで合成香料系ばかりを嗅いでいた私は、自然に近い香りとはこういうことだと衝撃を受けました。
それは、Analy%(アナリュテージ)という、エンハーブ(当時はボタニカルズ)さんが出していたエッセンシャルオイルのラインだったのですが(今はエンハーブという名で統一されており、瓶も茶色の遮光瓶になっています)、その中に、まさにこれが私の思う雨上がりの土の匂いだ!と感じたものがありました。

「ミルラ」という名が書かれてあり、5mLという量で5000円以上するということも気にせずに即購入しました。

その頃の私は、天然香料と合成香料の違いすら知らず(そもそも天然香料の存在を知らなかった)、それをどのように使うかもわからないままの購入でしたが、数年経ってその道へ進むことになります。

ミルラは樹脂から採れる精油です。
東方の三賢人がイエスキリストに捧げた3つの贈り物のうちの一つです。
ちなみに、他の2つは乳香(フランキンセンス)と金です。当時は金と同等の価値があったそうです。

生薬名は没薬(もつやく)
分類は活血化瘀薬
性味:苦・辛、平性
帰経:肝
効能① 散瘀止痛
瘀血による胸痛・腹痛・月経痛・無月経・腹腔内腫瘤などに、当帰・紅花・延胡索・乳香などと用いる。
効能② 消腫生肌
皮膚化膿症の腫脹・疼痛の初期に、乳香・金銀花・天花粉などと使用する。
(出典:中医臨床のための「中薬学」/神戸中医学研究会)

古代エジプトでは、太陽神「ラー」への薫香のために日の出にはフランキンセンス、正午にはミルラ、日没にはキフィが儀式で使われたそうです。古代エジプトの王や貴族にとって、香は神の領域と交信するための手段であり、その身を清めて神格化するためにとても重要なものでした。ですから、金と同等の価値があったのです。
文化が醸成される背景には必ず神の存在があり神話があります。エジプトも面白いのですが、ここでは長くなるのでまた今度にします。

エジプトでのミイラ作りの重要性は知られていますが、そのミイラを作る際に使われていたものの一つにミルラがあります。防腐剤の役割を果たしていました。ミイラの語源になったという説もあります。
また、中薬の薬性理論と同様、現代医学的な解釈においても、ミルラは口内炎や歯槽膿漏といった口腔内の炎症症状にも使われます。
https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/10/s1022-7e3.html(厚生労働省/配置販売品目の製品群と主な製品)

私の枕元には、今もミルラが置いてあります。
寝る前などに嗅ぎたくなるのです。
植物の世界にのめり込むきっかけとなった大切な精油のお話でした。